先月より、ウクライナ問題で、トランスニストリアが話題です。
あまり馴染みのない地域ですが、覚え書をまとめてみました。今後、随時更新します。
沿ドニエストル(トランスニストリア) とは
ドニエストル川沿いのモルドバ共和国とウクライナの国境に接した細長い地域です。
公式名は、沿ドニエストル・モルドバ共和国(PRM)です。
通常は、沿(えん)ドニエストル(Transdniestria)またはトランスニストリア(Transnistria)と呼ばれています。
首都は、ティラスポリにあります。
(引用元:euronewsより)
沿ドニエストル(トランスニストリア)を、
国連は、モルドバの一部として、独立国家として承認していませんが、
モルドバ共和国は、特別な法的地位を有するトランスニストリア自治領域単位として、自治権を認めています。
沿ドニエストル・モルドバ共和国 の大統領
初代大統領は、
イーゴリ・スミルノフ(Igor Nicolaevici Smirnov / Игорь Николáевич Смирнов)氏
現大統領は、
ワジム・クラスノセリスキー(Vadim Krasnoselsky / Вади́м Никола́евич Красносе́льский)氏
です。
🖐️ President of the Pridnestrovian Moldavian Republic Vadim Krasnoselsky congratulated President Aslan Bzhaniya and the people of #Abkhazia on the National Flag Day. pic.twitter.com/c3zJ2nsTgb
— Abkhazia Post (@AbkhaziaP) July 23, 2021
沿ドニエストル・モルドバ共和国 の自治
沿ドニエストル(トランスニストリア)は、国連未承認の国家という点では、
ウクライナのドンバス地域のドネツク人民共和国(DPR)とルガンスク人民共和国(LPR)と、状況が似ています。
しかし、自治権の扱いが大きく異なります。
ウクライナでは、
ウクライナ政府(ウクライナ民族)が、
ミンスク合意で認められたDPRとLPR(ロシア民族)の自治権を認めず、戦闘状態が続いていますが、
沿ドニエストル・モルドバ共和国では、
自治権が尊重されています。
沿ドニエストル・モルドバ共和国 の民族
沿ドニエストル・モルドバ共和国の
民族は、モルドバ系(31.9%)、ロシア系(30.4%)、ウクライナ系(28.8%)
公用語は、ロシア語、モルドバ語、ウクライナ語の3ヶ国語
沿ドニエストル・モルドバ共和国 の通貨
通貨は、独自の沿ドニエストル・ルーブルが使われています。
沿ドニエストル(トランスニストリア)の中央銀行、沿ドニエストル共和国銀行が発行しています。
ティラスポリ駅前でバスを降りて両替。モルドバレウも使えるみたいですが、せっかくなので。 pic.twitter.com/SlYg4VLBVI
— 加藤バネ男 (@kaal_yg) January 4, 2020
最新のレートは、オフィシャルHPで確認できます。
2007年発行(引用元:Wikipediaより)
未承認国家である沿ドニエストル(トランスニストリア)の2000年(上)と2012年(下)に発行された100ルーブル紙幣。
— グリム@貨幣コレクション (@g_moneycollect) September 30, 2020
表:モルダヴィア(現在のルーマニア🇷🇴出身)の文人、学者であり、モルダヴィア公であるディミトリエ・カンテミールの肖像画。
裏:ティラスポリにあるクリスマス大聖堂。#貨幣コレクション pic.twitter.com/ijzw2bHbtM
未承認国家である沿ドニエストル(トランスニストリア)の2004年に発行された500ルーブル紙幣。
— グリム@貨幣コレクション (@g_moneycollect) October 4, 2020
表:ロシア帝国ロマノフ王朝第8代ロシア皇帝であるエカチェリーナ2世の肖像画。
裏:エカチェリーナ2世によるティラスポリの創設令と要塞の計画。#貨幣コレクション pic.twitter.com/nG3S86zOoj
英語名: Pridnestrovian Moldavian Republic
ロシア語:Приднестровская Молдавская Республика
モルダヴィア語:Република Молдовеняскэ Нистрянэ
ウクライナ語:Придністровська Молдавська Республіка
公用語が3つあるので、海外プレスのニュースを探すときは、英語に加えて、ロシア語、モルドバ語、ウクライナ語の名称で検索すると、より詳しく調べられますよ。
沿ドニエストル(トランスニストリア)の変遷
沿ドニエストル(トランスニストリア)の領土の変遷は、
ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ソ連、ドイツの間で、
複雑な歴史をたどっています。
あまりにも複雑なので、ざっくりとまとめてみました。
沿ドニエストル(トランスニストリア)|第一次世界大戦
- 1917年 ロシア革命・二月革命(三月革命)
- 1917年 ロシア革命・十月革命(十一月革命)
ロシア帝国が崩壊します。
二月革命の後で、キエフにウクライナ人民共和国 (1917-1921)が設立されます。
キシナウ / Kishinev(現在のモルドバ首都)以東の沿ドニエストル(トランスニストリア)の領土は、ウクライナ人民共和国に組み込まれます。*同時期(1917-1918)にソビエト派ウクライナ人民共和国(首都ハリコフ)も樹立。
ニューヨークタイムズ掲載のロシア帝国崩壊直後の地図(引用元:Wikipediaより)
1918年3月 ブレスト=リトフスク条約で、ロシアは、
ポーランドの放棄、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国などの独立を認め、
第一次世界大戦から離脱します。
(引用元:ZEIT Onlineより) *青から赤に後退
旧ロシア帝国領の各地で、次々に分裂してソヴィエト共和国が独立宣言します。(引用元:Wikipediaより)
- (ソビエト派)ウクライナ人民共和国(1917-1918)
- ドネツク=クリヴォーイ・ローク・ソビエト共和国
- オデッサ・ソビエト共和国
- タヴリダ・ソビエト社会主義共和国
- ウクライナ国(1918)*濃い緑色の部分
- モルダヴィア民主共和国(東モルダヴィア)*パリ条約(1920年)ルーマニアに編入
- 西ウクライナ人民共和国(1918-1919)
左:ウクライナ 国(引用元:Wikipediaより)右:西ウクライナ人民共和国(引用元:Wikipediaより)
トランスニストリアは、
ドイツ帝国の傀儡政権ウクライナ国の領内に組み込まれます。
(引用元:Wikipediaより)
ウクライナ国(ティラスポリも含まれる) 西ウククライナ人民共和国
ルーマニア ポーランド沿ドニエストル(トランスニストリア)|第一次世界大戦後
1918年11月、第一次世界大戦でのドイツ敗戦とともに、
ウクライナ国は衰退し、ウクライナ人民共和国に戻りますが、内戦状態は続き、
国内が再び分裂します。
ウクライナ人民共和国がポーランドに撤退して、代わりに、
ウクライナSSR(ウクライナ・ソビエト社会主義共和国)が支配します。
左:1919-1920(引用元:Wikipediaより)右:1922(引用元:Wikipediaより)
沿ドニエストル(トランスニストリア)|ソ連
1922年、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、ザカフカースの4つの共和国が連合して、ソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦)が誕生します。
(引用元:NHK高校講座HPより)
1924年、ウクライナSSR内のトランスニストリアとウクライナの一部(下の地図:濃い黄色)が自治権を主張して、モルダヴィアASSR(モルダヴィア自治ソビエト社会主義共和国)を宣言します。
(引用元:Wikipediaより)
沿ドニエストル(トランスニストリア)|第二次世界大戦
ドイツとソ連の間で独ソ不可侵条約が結ばれ、
ベッサラビアと北部ブコヴィナ(現ウクライナ領)をソ連に併合。
ベッサラビア(引用元:Wikipediaより)
1940年、ウクライナSSRとモルダヴィアSSR(モルダヴィア・ソビエト社会主義共和国)に領土を再編します。
一時、日独伊三国同盟に参加したルーマニアに、モルダヴィアSSR領が奪還され、
ルーマニア領トランスニストリア県となりますが、再びソ連に占領され、
1944年、モルダヴィアSSRが復活。ソ連に再編されます。
沿ドニエストル(トランスニストリア)|モルドバ独立運動
1980年頃、モルドバ民族主義運動が高まります。
1989年、モルダヴィアが、モルドバに国名を変更し、モルドバ語が公用語に指定されます。
しかし、ロシア人とウクライナ人で5割超を占めるトランスニストリアで、親ロシア派の分離派運動が起こり、
沿ドニエストル・モルダヴィア・ソヴィエト社会主義共和国を宣言します。
1990年、モルダビア政府が、警察隊を投入すると、
モルダヴィアSSRから沿ドニエストル共和国が、独立を宣言します。
1991年、モルダヴィアSSRは、モルドバ共和国としてソ連からの独立を宣言。
1991年、ソ連崩壊にともない、モルドバ共和国が独立を達成します。
1992年、モルドバ共和国は、国際連合に加盟し、トランスニストリアに軍事行動を開始します。
沿ドニエストル(トランスニストリア)|トランスニストリア戦争
1992年、トランスニストリア戦争
- モルドバを、ルーマニアが支援
- 沿ドニエストル共和国を、ロシアとウクライナが支援
同年、ロシア、モルドバ、沿ドニエストル共和国の3者で休戦。
現在、沿ドニエストル(トランスニストリア)は、沿ドニエストル共和国によって実効支配されていますが、
ロシア、モルドバ、沿ドニエストル共和国の平和維持部隊が駐屯する中立非武装地帯となっています。
沿ドニエストル・モルドバ共和国 の街
ティラスポリ / ティラスポール
ドニエストル川東岸にある街で、沿ドニエストル共和国の首都。モルドバ共和国内で第三の都市です。
ティラスポール Tiraspol / Тираспол モルドバ語(ルーマニア語)
ティラスポリ Тирáсполь(ロシア語・ウクライナ語)
民族比(1989年データ)は、
- ロシア人 41%
- ウクライナ人 32%
- モルドバ人 18%
#今日の街並み #沿ドニエストル #ティラスポリ#モルドバ 内にある、独立地域。普通の田舎町だけど。 #コロナで気が滅入るからみんなの写真で旅行しようぜ#みんなで世界一周#旅行好きな人と繋がりたい pic.twitter.com/S7HN77I4jG
— ぼんぼん@lima (@OE0UryriTUtpdBQ) October 12, 2020
沿ドニエストル共和国ティラスポリの映画館『Cinematograful "Tiraspol"Кинотеатр «Тирасполь»』多くの日本人が思い描く映画館とは趣きを異にする、旧ソ連時代(1970年代)に建てられた映画館。脱ロシアのモルドバの中にあって親ロシアの未承認国家には、ソ連が今でも生き続けています。 pic.twitter.com/u7Qs6cwve3
— Huehuetenangoウエウエテナンゴ (@_Huehuetenango_) August 7, 2021
昨日はキシニョフに到着後、沿ドニエステル共和国のティラスポリへ pic.twitter.com/idAi1rhDw3
— しいたけ (@xi_take) September 22, 2018
ベンデル / ベンデルィ
ベンデル(Bender / Бендер)モルドバ語(ルーマニア語)
ベンデルィ(Bendery / ロシア語:Бендéры ウクライナ語:Бендéры)
ドニエストル川西岸で、川をはさんでティラスポリまで10kmの位置にあります。
1918年から1940年まではルーマニア王国に属していました。
#コロナで気が滅入るからみんなの写真で旅行しよう
— たか@2022世界一周計画中✈️/WEBライター (@taka081410) April 24, 2020
【ベンデル/沿ドニエストル共和国】
首都ティラスポリから車で15分の街🚌
観光のメインの、ティギナ要塞は独特の形をしていて新鮮でした😃 pic.twitter.com/br4zvE14nV
沿ドニエストル共和国で見かけた可愛い教会。金ぴか玉ねぎ屋根が可愛らしい。1992年、ロシア正教会のキシナウ府主教区が自主管理教会としてのモルドバ正教会となったがルーマニア正教会のベッサラビア府主教区と教区が重複しており、両者の関係は良好ではないらしい。#未承認国家 #旧ソ連 #モルドバ pic.twitter.com/eBRyuhx1j7
— 星野@旧共産遺産と未承認国家 (@satian39) April 19, 2018
(引用元:CARNEGIE EUROPEより)